片岡球子の略歴や家族に迫る!結婚はしていなかった?

マッキーです!

片岡球子さんは知る人ぞ知る、昭和、平成と活躍した女流画家!

また、家族構成や結婚、片岡球子さんの略歴なども調べてみました!

片岡球子さんの凄いところは、その作品やバイタリティ溢れる人物像と言うだけでなく!

100歳を超えても飄々と、創作活動に勤しんでいた事です。

100歳を超えて意欲的な、創作活動をした芸術家と言うのは…。

基本的には、いないのではないでしょうか!?

今回はそんな女流画家、片岡球子さんにスポットをあててみたいと思います。

→名和利男のプロフィールと経歴!結婚や子供など年収は?

→佐野研二郎が家族と行方不明?嫁や子供など事務所スタッフは!?

片岡球子の略歴

片岡球子 略歴 家族 結婚

出典:http://cdn-ak.f.st-hatena.com/

片岡球子さんは明治38年生まれです。

札幌の近辺で生まれた片岡球子さんの実家は醸造業を営み。

比較的、裕福な家庭に育ったと言えます。

長女として生まれた片岡球子さんは時代の風潮もあり。

その後の波乱万丈な人生とは違い、18歳で女学校を卒業するまで真面目で大人しい方でした。

婚約者はいたが結婚はしていなかった

当時の慣習に習って、片岡球子さんには既に婚約者もおり。

その後、結婚して普通に家庭を持つと言う、既定路線に乗っていました。

ですが、片岡球子さんはここで

「絵の勉強」

と言うものに目覚めます。

片岡球子さんは結局、絵の勉強の為に18歳にして上京します。

この状況自体は、当時裕福だった片岡家にとってはそれほど困難な事でもなく!

結婚はその後でも良いと、ご両親は考えた様です。

上京し、美術学校に通っていた片岡球子さんでしたが、直後に

「関東大震災」

に見舞われます。

幸い怪我もせずに無事乗り切った片岡球子さんでしたが!

もしこの震災後であったなら、状況は難しかったでしょう。

家族との勘当

片岡球子 略歴 家族 結婚

出典:http://cdn-ak.f.st-hatena.com/

やがて21歳になった片岡球子さんは、人生の岐路とも言える問題にぶつかります。

ご両親は、絵の勉強自体は許したものの!

東京にいながら画家を目指す事自体には反対しており!

ある程度の時期には、帰郷する事を想定していました。

片岡球子さん自身もそう考えていたのですが、上京して絵画を習う事で!

絵画への無限の可能性と、楽しさと宿命を感じたようです!

結局、片岡球子さんは

親に逆らい東京に居続ける

事にします。

しかし、その事に反対していた両親は片岡球子さんを勘当します。

勘当自体が

縁を切った

となるかはともかく!

それまで仕送りで裕福に上京生活を送っていた、片岡球子さんは…。

一円の援助ももらえなくなりました。

片岡球子さんは絵画の勉強を続ける上で、働きながら勉強する事になります。

しかし、結果として生活しながら

・絵画の勉強に専念する

・画家の活動に専念する

事は不可能でした。

小学校の教師に

片岡球子 略歴 家族 結婚

出典:http://ameblo.jp/tonton3/

片岡球子さんは、結局、横浜で小学校の教壇に立ちます。

教師の道を歩みながら、空いた僅かの時間で絵画に触れる事になります。

ですが、片手間で描いた絵が世の中で通用する程、絵画の世界は甘くなく!

片岡球子さんが再び真剣に絵筆をとるのは、50歳のことでした。

50歳になった片岡球子さんは画家になる夢の為に教壇を降ります。

ですが、時は高度経済成長期にも入っていない時代です。

画家自体、受け入れてもらえる素養が無い時代で…。

封建制度の強い時代にあって女流作家の作品は、無視され続けたと言って良いでしょう。

それでも片岡球子さんは創作活動を止めず、ひたすら描くことに邁進しました。

それは、画家になる夢の原動力が

・稼ぐ事でも

・名声を得る事でも

・時代に名を残す事でも

なかったからでしょう。

一人の人の為に

片岡球子さんが画家になる動機として語ったのは

人の悲しみ、苦しみの時に、その人の心に何か点じられるような、そう言う絵が一枚でも描けたら

と言うものです。

苦しみにあえぐ、たった1人の人間の為であっても!

それで人が救われ、心が蘇るなら…。

そのたった1人の為であっても、本望だと言う創作の原点が!

片岡球子さんを突き動かしていたと言えます!

そう言う片岡球子さんですから、多くの人に認められずとも…。

腐らずに創作活動を続けて来られたのでしょう。

片岡球子の人生

片岡球子 略歴 家族 結婚

出典:http://www.imagine.co.jp/

こう言う人生を歩んできた片岡球子さん。

当然、結婚は「選択肢になかった」と言え…。

子供も家族も持たずに、自分自身の初期の夢を果たす為だけに!

人生を歩んできたと言えます!

生涯独身で通し、浮いた話もなく、全身全霊を芸術活動に注ぎ込んだと言って良いでしょう。

片岡球子さんの絵を評して、多くの人の共通した意見は、年齢を経るごとにパワフルになり!

生命力に溢れていっていると言うものです。

画家として、片岡球子さんの絵は決して評価が高いものとは、言えません。

と言うのも、大胆過ぎて、評価が大きく分かれる為です。

しかし、評価をしない人達でも、年齢と共に片岡球子さんの絵には

生命が吹き込まれている

ことだけは認めています。

ですが、片岡球子さんにとって多くの人の評価や、専門家と言われる人の評価は関係ない。

片岡球子さんはたった1人の為に!

名も知らぬ誰かの為に、絵を描き続けたのですから!

片岡球子さんは100歳を超えても意欲的に創作し、103歳で亡くなりました。

周囲の関係者は、その死に顔は満足に満ち、仏様の様に達観し穏やかであったと言います。

まとめ

片岡球子 略歴 家族 結婚

出典:http://www.asahi.com/

いかがでしたか。

今回は日本でも世界的にも珍しい、女流画家である片岡球子さん。

略歴や結婚、家族との関係などにスポットを当てていきました。

一見波乱万丈で壮絶でもある人生ですが!

当人にとっては。ごく当たり前の人生を送ったと言う。気持ちなのでしょう。

周囲と調和して生きる、周囲と同じ様に生きる事だけが人生ではありませんし。

幸福な道筋とは限りません。

初志貫徹、ずっと持ち続けた思いを成し遂げる事が出来た人生は!

満足で幸福に満ちていたのではないでしょうか!

好き嫌いは別にして、皆さんも一度は、片岡球子さんの作品に触れあってみてはいかがでしょうか?

この記事をまとめると!

・片岡球子の略歴は記事では表せないかも

・家族とは勘当していた

・婚約者はいたが、結婚はしていなかった

と言う結果になりました!

この記事を担当したのは「マッキー」でした!

large_1404846

最後までお読み頂き、ありがとうございます!

下のSNSボタンでシェアやいいねを押して頂けると・・・スタッフが喜びます\(^o^)/

検索は「芸能 マゴッチ」で!

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ